異分野の先行技術と後知恵:米国の類似技術法理とEPOの課題解決アプローチ
- Brandon Theiss
- 6月26日
- 読了時間: 25分

エグゼクティブ・サマリー:本稿は、Sanofi-Aventis Deutschland GmbH v. Mylan Pharmaceuticals Inc.を手掛かりとして、米国の類似技術(analogous art)法理と欧州特許庁(EPO)の課題解決アプローチを比較する。同事件において連邦巡回区控訴裁判所は、申立人が異分野の自動車技術文献を、請求項に係る薬剤送達発明ではなく別の先行技術文献に結び付けていたことを理由に、自明性に基づく無効主張を退けた。米国法上、依拠する各文献は、請求項に係る発明と同一の技術分野(field of endeavor)に属するか、又は発明者の課題に合理的に関連していなければならず、この入口要件は、当業者がなぜ当該文献を組み合わせたであろうかを説明する別個の要件とは区別される。EPO実務は、適切な出発点の選定、技術課題の客観的な定式化、他分野の知識が当業者にとって現実的に利用可能であったかの評価、及び「could–would」判断という異なる仕組みにより、これと関連する後知恵排除の問題に対処する。両制度はいずれも異分野の教示への依拠を認めるが、請求項に係る発明への道筋を後知恵だけで再構成することは認めない。無効を主張する者は、当業者がなぜ離れた分野の教示を検討し、適用したであろうかについて、整合的かつ証拠に基づく理由を示さなければならない。
自動車用クラッチ軸受は、用量可変式の薬剤送達装置を対象とする特許の先行技術としては、いかにも縁遠く思われるかもしれない。しかし、Sanofi-Aventis Deutschland GmbH v. Mylan Pharmaceuticals Inc.で提示されたのは、まさにそのような組合せであった。同事件で申立人は、ほかの引用文献に欠けていたスナップ嵌合式の係合爪を補うため、自動車用クラッチ軸受に関する文献に依拠した。連邦巡回区控訴裁判所は、自動車技術が分野として一律に遠すぎるとは判示しなかった。取消しの理由は、申立人が自動車技術文献を対象特許ではなく別の先行技術文献と比較したことにあった。Sanofi-Aventis Deutschland GmbH v. Mylan Pharmaceuticals Inc., 66 F.4th 1373, 1377–82 (Fed. Cir. 2023)。
この誤りは、欧州特許庁の課題解決アプローチとの比較を想起させる。EPO実務における進歩性分析は通常、選定された先行技術を出発点とし、その出発点と請求項との差異から生じる客観的技術課題を特定し、当業者が請求項に係る解決手段に到達したであろうかを問う。一見すると、Mylanが主引用文献に見いだされる課題に依拠したことは、欧州実務に似ているようにも見える。
もっとも、この類似を誇張すべきではない。連邦巡回区控訴裁判所は、Mylanが欧州法を不適切に持ち込んだとは述べておらず、EPOも連邦巡回区控訴裁判所の二段階の類似技術テストを適用しない。また、二つの先行技術文献を比較しただけでは、適切なEPOの進歩性分析は完結しない。補助的な教示が別分野又は遠隔分野から得られる場合、EPO実務では、客観的技術課題がなぜその分野、その教示又は一般的技術常識を当業者にとって現実的な検討対象としたのかを説明する必要がある。そのうえで、先行技術全体が、単にそうすることを可能にしただけでなく、出発点となる文献を請求項に係る態様で変更するよう当業者を実際に促したであろうかを問う。
したがって、両制度は異なる法理上の仕組みを用いるものの、共通する懸念に対処している。すなわち、発明を知った後の知識によって、先行技術を通じる欠けた道筋が補われることを防ぐという懸念である。
I. Sanofi判決と米国の比較対象ルール
Sanofi事件の対象特許である米国特許第RE47,614号は、異なるカートリッジに対応し、異なる投与量を設定できるよう構成された薬剤送達装置に関するものであった。請求項は、ほかの限定に加え、装置ハウジングに対してばね座金を軸方向及び回転方向に固定するよう構成された少なくとも二つの固定要素を有するばね座金を要求していた。Sanofi, 66 F.4th at 1375–76。
Mylanは、三つの文献を用いて当事者系レビュー(inter partes review)で請求項を争った。Burrenは薬剤送達装置内のばねを開示し、Veneziaはばね座金に関する教示を提供した。自動車用クラッチ軸受の特許であるde Gennesは、Mylanがばね座金の固定に用いることを提案したスナップ嵌合式の係合爪を開示していた。Mylanは申立書において、de Gennesはクラッチ軸受を対象とするものの、Burrenが扱う課題、すなわち二つの構成部品を相互に軸方向へ固定し支持するという課題に類似する課題を扱っていると主張した。同社の専門家も同じ比較を繰り返した。Id. at 1376。
特許審判部(PTAB)は、「二つの構成部品を相互に軸方向へ固定する」という広く定式化された課題を採用し、de Gennesはその課題に合理的に関連すると判断した。当事者間では、対象特許とde Gennesが異なる技術分野に属することに争いがなかったため、de Gennesを類似技術として扱うために利用できる唯一の経路は、合理的関連性であった。Id. at 1376–77。
連邦巡回区控訴裁判所は、この判断を取り消した。米国法は、類似技術について二つのテストを認めている。第一は、当該文献が扱う課題にかかわらず、その文献が請求項に係る発明と同一の技術分野に属するかというテストであり、第二は、その文献が発明者の取り組んだ特定の課題に合理的に関連するかというテストである。In re Bigio, 381 F.3d 1320, 1325 (Fed. Cir. 2004); In re Clay, 966 F.2d 656, 658–60 (Fed. Cir. 1992)。第二のテストでは、発明者の課題を検討する通常の当業者の注意を、当該文献の主題が論理上引いたであろうかを問う。Clay, 966 F.2d at 659。
いずれのテストも、対象特許又は請求項に係る発明との比較を必要とする。類似技術法理は、自明性判断で考慮される先行技術群の範囲を画するものであり、ある文献が別の引用文献に似ているというだけでは、その文献が当該先行技術群に含まれることにはならない。Sanofi, 66 F.4th at 1377–80; see also Donner Technology, LLC v. Pro Stage Gear, LLC, 979 F.3d 1353, 1358–61 (Fed. Cir. 2020)。
この区別は、用語上のものではなく実質的なものである。二つの文献が類似の課題を扱っていても、請求項に係る発明が扱う課題に直面した当業者が、その一方又は双方を合理的に検討したとはいえない場合がある。逆に、35 U.S.C. § 103に基づく組合せで用いられる文献同士が、互いに類似技術である必要はない。必要なのは、依拠する各文献が請求項に係る発明に対する類似技術であることである。See MPEP § 2141.01(a)。
Mylanの提示は、その結び付きを示していなかった。申立書及び専門家証言は、de GennesをBurrenに対する類似技術として位置付けていた。Sanofiがこの欠落を指摘した後も、Mylanは、関連する課題はBurrenから得られると主張し続け、対象特許の目的に依拠するSanofiを批判した。そこでPTABは、MylanのBurren中心の課題設定から逆向きに論理を組み立て、その課題を’614特許に関連付けるに至った。しかし、特許性を欠くことの立証責任は申立人にあったため、PTABが申立人に代わって欠けている理論を構築することはできなかった。Sanofi, 66 F.4th at 1380–82; see also In re Magnum Oil Tools International, Ltd., 829 F.3d 1364, 1375–81 (Fed. Cir. 2016)。
この判示は、医療機器の請求項に対して自動車分野の文献を一律に用いることができないという意味ではない。また、当業者を硬直した産業分類の内側に閉じ込めるものでもない。無効を主張する者に求められるのは、認められた二つの類似技術テストのいずれかを通じて、各文献を請求項に係る発明に結び付けることである。
II. Sanofi後の米国法理:広がり、手続及び組合せ
Sanofiは明確な比較対象ルールを示したが、より広い法理はなお柔軟である。米国最高裁判所は、よく知られた技術がその主たる目的を超えて利用され得ること、及び自明性判断を形式主義的なルールで拘束すべきでないことを注意喚起している。KSR International Co. v. Teleflex Inc., 550 U.S. 398, 417–21 (2007)。連邦巡回区控訴裁判所も同様に、KSRを踏まえ、類似技術の範囲を広く解釈すべきであると述べている。Wyers v. Master Lock Co., 616 F.3d 1231, 1237–38 (Fed. Cir. 2010)。
合理的関連性の審理が存在するのは、通常の当業者が、発明の直近の分野の外に解決策を求めることがあり得るからにほかならない。したがって、関連する課題を、同一の技術分野の文献しか該当し得ないほど狭く定義することはできない。Donner Technology, 979 F.3d at 1359–61。例えばIn re ICON Health & Fitness, Inc.では、折畳みベッドの機構が、折畳み式トレッドミルの支持及び収納に関する課題に合理的に関連すると判断された。496 F.3d 1374, 1379–80 (Fed. Cir. 2007)。
同時に、課題を普遍的なものになるまで抽象化することもできない。課題を「構成部品を接合すること」、「移動を防止すること」又は「ある物体を別の物体に対して保持すること」と表現すれば、ほぼすべての締結機構が、あらゆる機械発明に関連することになりかねない。合理的関連性の判断では、当業者が現実にどこへ解決策を求めたかに影響する目的、構造、機能、動作条件及び技術的制約を考慮しなければならない。See Clay, 966 F.2d at 659; Airbus S.A.S. v. Firepass Corp., 941 F.3d 1374, 1381–84 (Fed. Cir. 2019)。当業者が実質的にかけ離れた分野を検討したであろうことを示す証拠を、常識だけで代替することはできない。Circuit Check Inc. v. QXQ Inc., 795 F.3d 1331, 1335–37 (Fed. Cir. 2015)。
技術分野テストも同様に広いが、請求項に係る発明に結び付いている。関連する考慮要素には、発明の実施形態、機能、構造、目的及びその使用に関する記載が含まれる。Bigio, 381 F.3d at 1325–27。技術分野は、請求項の新規性の要点、発明について可能な限り狭い特徴付け、又はより広い分野の中で特許が特に強調する事項だけに限定されない。Unwired Planet, LLC v. Google Inc., 841 F.3d 995, 1000–02 (Fed. Cir. 2016)。
クレームの範囲は、関連技術及び組合せの動機付けをどのように定式化できるかにも制約を与える。Axonics, Inc. v. Medtronic, Inc.では、請求項が医療用リードをより広く対象としていたにもかかわらず、PTABは分析を仙骨神経調節に用いる医療用リードに限定した。連邦巡回区控訴裁判所は、関連技術及び組合せの分析を、クレームされていない解剖学的文脈又は好ましい実施形態に限定することはできないと判示した。73 F.4th 950, 958–59 (Fed. Cir. 2023)。問うべきなのは、当業者が引用された教示を組み合わせて請求項に係る発明に到達したであろうかであり、主引用文献に特有であるものの請求項には存在しない要件を、その組合せが満たしたであろうかではない。
Sanofi後の判例は、IPRにおいて類似技術の問題をどのように提示すべきかも明確にしている。Netflix, Inc. v. DivX, LLCで連邦巡回区控訴裁判所は、申立人が「技術分野はXである」と定型的な文言で明示しなければならないという、過度に硬直した要件を退けた。申立書及び反論書を全体として、かつ文脈に即して読めば、申立人の立場は十分に提示されていた。技術分野及び合理的関連性に関する証拠は、両者が別個のテストであるとしても、重なり得る。80 F.4th 1352, 1358–64 (Fed. Cir. 2023)。
Corephotonics, Ltd. v. Apple Inc.は、特に慎重に読む必要がある。PTABは、Appleの申立書が、引用文献を対象特許とではなく互いに比較しているように見えたため、類似技術の問題への対応が不十分であると判断した。しかし控訴審で連邦巡回区控訴裁判所は、この問題の取扱いに手続上の誤りを認めなかった。Appleの反論書は、申立書で特定された同じ文献、開示及び基礎となる自明性理論に引き続き依拠しながら、特許権者の類似技術に関する反論に応答していた。また同裁判所は、Appleが当初は技術分野を重視していたとしても、後に合理的関連性テストに基づく説明を詳しく展開できると判断した。二つのテストは、全く別個の非特許性理由ではなく、同一の自明性に基づく無効理由を支える関連した根拠だったからである。Corephotonics, Ltd. v. Apple Inc., 84 F.4th 990, 1003–10 (Fed. Cir. 2023)。
したがってCorephotonicsは、反論書が同じ文献、開示及び自明性理論に結び付いたままである場合には、応答的な詳論を認める。しかし、申立人が実質的に新しい自明性の無効理由を導入することを許すものではない。同事件の結論は、記録に依存するものであった。裁判所は、Appleの提出内容が応答的な性質を有していたことと、特許権者に通知及び反論の機会があったことの双方を重視した。反論書は争点となった問題を発展させることはできるが、申立書の理論から大きく逸脱したり、欠落していた無効理由を新しい無効理由で置き換えたりすることはできない。See id. at 1003–10; Henny Penny Corp. v. Frymaster LLC, 938 F.3d 1324, 1330–31 (Fed. Cir. 2019)。
非先例判決であるApple Inc. v. Gesture Technology Partners, LLCは、不正確な主張立証がもたらす実務上の結果を示している。多数意見は、Appleが対象特許の技術分野について一貫しない定式化を用い、合理的関連性の主張を維持しなかったため、ある文献が類似技術であることを立証していないとしたPTABの判断を維持した。多数意見は、一般に、特許の技術分野は検討対象の文献によって変動すべきではないと述べる一方、一定の場合、例えば明細書が相互に異なる実施形態を開示し、争点となる請求項がその一つを対象としている場合には、特許が複数の技術分野を有し得ることを認めた。No. 2023-1494, slip op. at 14–15 (Fed. Cir. June 5, 2025) (nonprecedential)。
Prost判事は反対意見を述べた。同判事の見解では、PTABは、Unwired Planet及び類似技術を広く解釈すべきとのルールに反し、請求項の新規性の要点に焦点を当てることによって技術分野を狭く定義しすぎていた。また、異なる定式化が必ずしも矛盾するのかについても疑問を呈し、それらは特許と異なる文献との間にある相補的な共通点を示している可能性があると論じた。Id. at 1–3 (Prost, J., dissenting)。判断が分かれ、かつ判決が非先例的であることを踏まえると、多数意見の技術分野の安定性に関する議論を一律のルールとして扱うべきではない。
米国の枠組みを完成させるため、さらに二つの区別を確認する必要がある。
第一に、ある文献が類似技術であると立証しても、それを別の文献と組み合わせる動機付けまで立証したことにはならない。類似技術法理が決めるのは、その文献を自明性分析で考慮できるかどうかである。無効を主張する者は、なお、提案する変更を特定し、副引用文献が何をもたらすかを説明し、通常の当業者がなぜその変更を行ったであろうかを明確に示さなければならない。二つの文献が類似技術であると主張するだけでは不十分である。Sisvel International S.A. v. Sierra Wireless, Inc., 82 F.4th 1355, 1364–65 (Fed. Cir. 2023)。
第二に、米国法は通常、ある文献を「主引用文献」、別の文献を「副引用文献」と呼ぶこと自体に独立した法的意義を与えない。これらの呼称は一般に、主張される組合せの提示方法を表す。一方の文献が変更対象となる構造を提供し、他方の文献が提案される変更を提供するのである。基礎となる事実上の審理事項が明確であれば、無効を主張する者は、唯一正しい主引用文献を選択したことを別途立証する必要はない。Schwendimann v. Neenah, Inc., 82 F.4th 1371, 1382–84 (Fed. Cir. 2023); In re Mouttet, 686 F.3d 1322, 1333 (Fed. Cir. 2012)。
以上から導かれる米国のルールは、柔軟であると同時に厳格である。特定の決まり文句は不要であり、異分野の文献が別の産業から来たというだけで不利に扱われることもない。しかし、無効を主張する者は、各文献が請求項に係る発明に関連する先行技術の範囲に入る理由を公正に提示し、提案する組合せを別個に特定し、当業者がなぜその組合せを行ったであろうかを説明しなければならない。
III. 異分野の教示に対するEPOの課題解決枠組み
欧州特許条約第56条は、技術水準を考慮して当業者にとって自明でない発明は進歩性を有すると定める。European Patent Convention art. 56。EPOは通常、次の課題解決アプローチを通じてこの基準を適用する。
1. 最も近い先行技術又はその他の適切な出発点を特定すること。
2. 客観的技術課題を決定すること。
3. 請求項に係る解決手段が当業者にとって自明であったかを検討すること。
European Patent Office, Guidelines for Examination in the European Patent Office pt. G-VII, §§ 5–5.3 (2026)[以下「EPO審査便覧」という]。
EPOは、連邦巡回区控訴裁判所の法理に対応する独立した二段階の類似技術テストを採用していない。類似技術に関する懸念に似た問題は、構造化された分析の各所で現れる。主張される出発点は、現実的な技術的足掛かりか。その出発点に対する請求項の差異から、どのような客観的技術課題が生じるか。その課題に直面する当業者には、どのような知識及び技術分野を帰属させることができるか。そして、先行技術全体は、請求項に係る変更を行うよう当業者を促したであろうか。
IV. 適切な出発点
EPO審査便覧は通常、類似の目的若しくは効果を有するか、又は同一若しくは密接に関連する技術分野に属する出発点を優先する。EPO Guidelines pt. G-VII, § 5.1。もっとも、常に唯一正しい「最も近い」文献が存在しなければならないという意味ではない。複数の有効な出発点が存在し得るのであり、別の文献も近接する先行技術に該当し得るとしても、一つの適切な経路から進歩性欠如の異議が成立することがある。Case T 1742/12, On-Demand Instantiation/Raytheon, ¶¶ 6.5–6.6, 10.3 (Tech. Bd. App. June 22, 2016)。
これは、Schwendimannに基づく米国実務とは異なる。米国法は一般に、無効を主張する者が唯一正しい主引用文献を選択したことを正当化するという、別個の要件を課さない。EPO実務では、選定された出発点が、評価すべき差異を定め、客観的技術課題に実質的な影響を与えるため、分析上より大きな重要性を有する。
遠隔の出発点が自動的に許されないわけではないが、そのような出発点は分析を後知恵にさらす可能性がある。近時のT 610/24判決は、その現代的な例を示す。審判部は、進歩性欠如の攻撃を厳密に最も近い先行技術から開始する必要はないものの、より遠い文献から開始すると、事後的分析及び「後知恵による課題」、すなわち当業者が当該文献から現実には着想しなかったであろう課題の定式化につながることが多いと指摘した。Case T 610/24, Checking the Chemical Compatibility of Pumps and Chemicals/Ecolab, point 4.4 (Tech. Bd. App. Dec. 16, 2025)。
T 610/24は近時の判決であり、EPO Official Journalには掲載されていない。したがって、分析の基礎ではなく、確立された後知恵排除の懸念を示す一例として用いるのが適切である。より安定した基礎は、適切な出発点、客観的技術課題及び異分野の知識に関する審査便覧並びに審判部の確立した判断にある。
V. 客観的技術課題
客観的技術課題は、請求項と選定された先行技術との差異を特定し、その差異に起因する技術的効果を判断し、その効果に照らして課題を定式化することにより導かれる。EPO Guidelines pt. G-VII, § 5.2。客観的課題は、出願に記載された課題と異なる場合があり、審査又は異議手続で明らかになった先行技術に照らして再定式化を要することもある。
課題には、請求項に係る解決手段の要素又はそれを示唆する指針を含めてはならない。「ばね座金を軸方向及び回転方向に固定するスナップ嵌合式の係合爪を提供すること」と課題を定式化すれば、答えに至る道筋を事実上開示することになる。より中立的な定式化としては、請求項の相違する特徴によって実際に立証された技術的効果に応じ、確実な保持、小型の組立体、寸法差への対応又はカートリッジ位置決めの改善などが考えられる。
T 422/93事件は、課題の定式化が、想定される当業者及びその者に帰属させる知識にも影響することを示している。審判部は、最も近い先行技術から生じる客観的技術課題に基づいて当業者を特定すべきであると判断した。解決手段が最終的にある分野から得られたというだけで、当業者を請求項に係る解決手段の分野の専門家として定義することはできない。また、最も近い先行技術が解決策を別分野に求めるべきことを何ら示していない場合、当業者の基礎知識に、当該別分野の専門家の知識が当然に含まれるわけでもない。Case T 422/93, Luminescent Security Fibres, 1997 O.J. E.P.O. 25, headnotes 1–3 (Tech. Bd. App. Sept. 21, 1995)。
これは、各文献が請求項に係る発明に対する類似技術でなければならないとするSanofiのルールと同一ではない。しかし、両法理は似た後知恵の危険に対処している。いずれも、既知となった解決手段を用いて、当業者が取り組んでいたとされる課題又は当業者が有していたとされる専門性を、事後的に決定することを許さない。
VI. 異分野の知識が現実的に利用可能となる場合
確立したEPOの判断は、当業者が、隣接する分野、より広い分野、一般分野、及び適切な場合には遠隔分野から知識を得ることを認めている。この審理は、独立した第四段階として扱われるのではなく、課題解決アプローチに組み込まれている。
T 176/84で審判部は、関連する技術水準には、発明固有の分野だけでなく、同一又は類似の課題が生じ、当業者が知っていることを期待される隣接分野又はより広い分野も含まれると判断した。Case T 176/84, Pencil Sharpener, 1986 O.J. E.P.O. 50, headnote (Tech. Bd. App. Nov. 22, 1985)。
T 195/84は、この原則を一般的な技術課題に拡張した。出願が特定の状況で同一の一般的課題を解決しようとする場合、特定分野に限定されない一般分野で開発された解決策は、当該特定分野の当業者に帰属する一般的技術常識の一部となり得る。Case T 195/84, General Technical Knowledge, 1986 O.J. E.P.O. 121, headnote (Tech. Bd. App. Oct. 10, 1985)。
真に遠隔の分野であっても一律に排除されるわけではない。T 560/89は、ある分野で課題に直面した当業者が、同じ課題が広く知られ、かつ両分野で用いられる材料の間に意味のある関係が存在する場合には、隣接しない別分野を検討し得ると判示した。Case T 560/89, Filler Mass, 1992 O.J. E.P.O. 725, headnote (Tech. Bd. App. Apr. 24, 1991)。
これらの判断を、類型的な分類体系に還元すべきではない。二つの分野を「隣接」と呼んでも、それだけで進歩性が決まるわけではなく、「遠隔」と呼んでも審理が終わるわけではない。重要なのは、請求項に係る解決手段を知らない状態で客観的技術課題を見たとき、その課題によって、別分野、その教示又は関連する一般的技術常識が、当業者にとって現実的に利用可能となったかどうかである。
したがって、自動車用クラッチ軸受と薬剤送達装置がいずれも軸方向の移動に抵抗する構成部品を用いるという事実だけでは、両者の分野が技術的に関連することにはならない。分析では、実際の保持課題の類似性、適用される荷重及び公差、製造上の制約、材料、安全要件、動作環境並びに機能上の目的を検討する必要がある。
VII. 「Could–Would」判断
補助的な教示を発見しただけでは、EPOの分析は完結しない。第三段階では、客観的技術課題に直面した当業者に対し、先行技術全体が、単にそうすることを可能にしただけでなく、出発点となる先行技術を変更又は適応して請求項に係る主題に到達するよう実際に促したであろうかを問う。EPO Guidelines pt. G-VII, § 5.3。
代表的な判断はT 2/83であり、技術的な可能性と、実際に進める理由とを区別している。問うべきなのは、当業者が単に変更を行う技術的能力を有していたかではなく、何らかの改善又は利点を期待してその変更を行ったであろうかである。Case T 2/83, Simethicone Tablet, 1984 O.J. E.P.O. 265, headnote II (Tech. Bd. App. Mar. 15, 1984)。
この審理は、米国法における組合せの理由の要件に似ているが、両法理は同一ではない。いずれの制度でも、請求項のすべての要素が先行技術のどこかに存在することを示すだけでは不十分である。EPOの分析では、無効を主張する者は、客観的技術課題に直面した当業者が、なぜ補助的教示を用いて出発点となる文献を請求項に係る態様で変更したであろうかを示さなければならない。
VIII. Sanofiへの二つの枠組みの適用
米国法による分析
米国法上の入口となる問題は、de Gennesが、請求項に係る薬剤送達装置に関連する先行技術の範囲に含まれるかどうかであった。de Gennesは同一の技術分野に属していなかったため、Mylanは、de Gennesが’614特許の扱う課題に合理的に関連することを立証する必要があった。
適切に構成された理論であれば、請求項、明細書及び通常の当業者の観点から、関連する課題を特定するところから始めたはずである。合理的関連性は、他分野の有用な教示を受け入れる余地を残さなければならないため、課題の定式化を、好ましい薬剤送達装置の実施形態のあらゆる細部に人為的に限定することはできない。しかし、二つの構成部品を相互に固定するという普遍的な課題にまで還元することもできない。
次に、de Gennesを、請求項に係る発明の課題と直接比較する必要があった。その比較では、両技術が、小型の保持構造、類似する軸方向及び回転方向の力、同程度の組立上の制約、又は限られた空間内で確実に係合させるという類似の要件を伴うかを検討できたであろう。専門家証言により、薬剤送達装置を設計する技術者が一般的な機械締結文献を日常的に参照していたこと、又はスナップ嵌合接続が当該保持課題に関する一般的技術常識であったことを立証できた可能性もある。
その証拠によって合理的関連性が立証されれば、de Gennesを自明性分析に取り込むことができる。次に、別個の組合せの動機付けの審理において、通常の当業者がなぜde Gennesの特定のスナップ嵌合形状を選択してBurren–Venezia装置に組み込み、その変更が請求項に係る機能を果たすと合理的に期待したであろうかを問うことになる。
しかしMylanが主として論じたのは、de GennesがBurrenの課題に類似する課題を扱うという点であった。この文献間の関係は、提案する組合せを説明するうえで関連し得たが、de Gennesが請求項に係る発明に対する類似技術であることを立証するものではなかった。de Gennesなしには、Burren及びVeneziaが欠けていた固定要素を補えなかったため、この欠落は結論を左右した。Sanofi, 66 F.4th at 1380–82。
EPO法による分析
EPOの分析は、異なる構成を採る。Burrenが適切な出発点として選定されたと仮定すると、最初の実質的作業は、Burrenに存在しない請求項の特徴を特定し、その差異に起因する技術的効果を判断することである。
その効果には、ばね座金の確実な軸方向及び回転方向の保持、小型化、組立容易性、確実なカートリッジ位置決め、又は寸法ばらつきへの対応が含まれ得る。どの効果がクレーム範囲全体にわたって実際に達成され、そのため客観的技術課題を支え得るかは、証拠によって決まる。
次に、スナップ嵌合という解決手段を組み込まずに課題を定式化する必要がある。薬剤送達装置に固有の課題であれば、自動車用クラッチ軸受技術は遠隔に見える可能性がある。小型の機械的保持に関する、より一般的な課題であれば、一般的なスナップ嵌合の教示又は機械工学上の一般的技術常識が現実的に利用可能となり得る。しかし、de Gennesへの都合のよい経路を生み出すという理由だけで、一般化の程度を選ぶことはできない。
次の問題は、de Gennesが欧州の形式的な「類似技術」テストに合格するかではない。客観的技術課題によって、関連分野、その教示又は一般的技術常識が当業者にとって現実的に利用可能となったかである。小型のスナップ嵌合保持が一般的な機械課題に対する通常の対応であったなら、T 195/84は、その知識を当業者に帰属させることを支持し得る。薬剤送達装置の課題が隣接する機械組立体と意味のある技術条件を共有していたなら、T 176/84は、それらの分野を検討することを支持し得る。de Gennesがなお真に遠隔であったなら、T 560/89及びT 422/93により、当該課題がなぜde Gennesの教示を当業者の現実的な検討範囲に入れたのかについて、より具体的な説明が必要となる。
最後に、could–would判断では、先行技術全体が、Burrenを基礎とする装置にde Gennesの特定のスナップ嵌合構成を用いるよう当業者を促したであろうかを問う。係合爪を物理的に移植できたというだけでは足りない。記録上、その構造が、薬剤送達装置の寸法、製造、動作及び安全上の制約と両立しつつ客観的課題を解決すると、当業者がなぜ期待したであろうかを説明する必要がある。
したがって、Mylanによるde GennesとBurrenとの比較は、EPO実務上、必ずしも無関係ではなかった。Burrenが出発点として選定され、客観的技術課題が適切に定式化された後であれば、Burrenの技術的必要性とde Gennesの教示との関係は、分析の一部となり得る。しかし、その比較だけでは不十分である。請求項の相違する特徴から、その技術的効果、客観的課題、当業者にとって現実的に利用可能な知識、そして最終的に当業者が請求項に係る変更を行ったであろう理由へと至る、完全な論理の連鎖に組み込まれなければならない。
したがって、慎重な比較から導かれる結論は、EPOが必ず連邦巡回区控訴裁判所と同じ結論に達したというものではない。客観的に特定された課題についてスナップ嵌合保持が一般的技術常識であり、先行技術がde Gennesの構成を用いるよう促したことが立証されれば、EPOは請求項を自明と判断した可能性がある。他方、関連する制約が薬剤送達装置に固有であり、出発点となる先行技術がクラッチ軸受技術を検討する現実的な理由を何ら与えていなければ、進歩性を認めた可能性もある。
核心はより限定的である。文献と文献を単に比較するだけでは、いずれの分析も完結しない。
IX. 実務上の含意
米国のIPR申立人及び無効を主張する者に対し、Sanofiは、直接的で規律ある提示を求める。依拠する各文献は、技術分野又は合理的関連性を通じて対象特許に結び付けるべきである。技術分野及び課題は、請求項、明細書、文献、専門家証拠及び通常の当業者の観点に根拠を置かなければならない。類似技術の二つの経路をともに支持できる場合、両方を維持しておくことで、技術分野の定義が不確実であることによるリスクを低減できる。そのうえで、提案する変更と、当業者がなぜその変更を行ったであろうかを別個に説明すべきである。
Netflixは、主張を儀式的な定型表現で示す必要がないことを意味する。Corephotonicsは、記録に即した適切な状況の下で、応答的な反論書が公正に提示された理論を詳しく展開できることを意味する。しかし、いずれの事件も、最初の申立書を無意味にするものではない。類似技術の比較から対象特許を外し、その後に実質的に異なる組合せ、理由付け又は無効理由を提示する申立人は、なお、主張放棄及び新規理論提出に対する異議を受ける。
特許権者が最初に診断すべき点は、無効を主張する者が、遠隔の文献を特許と比較したのか、それとも単に別の先行技術文献と比較したのかである。第二に、主張される課題が適切な抽象度で定式化されているかを確認すべきである。好ましい実施形態のあらゆる細部に結び付いた定式化は狭すぎる可能性があり、「構成部品を保持すること」のような定式化は、当業者がどこに解決策を求めたかについて意味のある示唆を何ら与えないほど広すぎる可能性がある。特許権者はまた、類似技術と組合せの動機付けを分析上区別すべきである。無効主張は、文献が関連技術の範囲外であったために失敗することもあれば、類似技術である文献の提案された使用に裏付けがなかったために失敗することもある。
EPOにおいては、対応する主張立証を課題解決の枠組みの中で示すべきである。進歩性を争う当事者は、出発点が現実的な技術的足掛かりである理由を説明し、立証された差異及び効果から客観的技術課題を導き、解決手段を課題に取り込むことを避けなければならない。補助的教示が別分野から得られる場合には、客観的課題がなぜその分野、その教示又は一般的技術常識を現実的に利用可能としたのかを示す必要がある。そのうえで、単なる「could」ではなく「would」を立証しなければならない。
大西洋をまたいで実務を行う者は、両制度の用語を同一視しないよう注意すべきである。米国の主引用文献が、必ずしもEPOの最も近い先行技術又は適切な出発点となるわけではない。米国の合理的関連性は、EPOの隣接分野の審理を別の名称で呼んだものではない。また、EPOの課題解決アプローチによって、当業者がなぜ別分野の教示を用いたであろうかを正当化する必要がなくなるわけでもない。
X. 結論
Sanofiは、工学的知識が産業分野の境界内に閉じ込められなければならないとするものではない。異分野の文献が高い関連性を有することはあり得る。米国法及びEPO法はいずれも、技術課題が正当な経路を与える場合、当業者が自らの直近の専門領域の外にある知識を利用し得ることを認めている。
Sanofiが確立したのは、請求項に係る発明を省いた比較によって必要な結び付きを補うことはできないという点である。米国法上、依拠する各文献は、単に別の文献に対してではなく、請求項に係る発明に対する類似技術でなければならない。EPO実務上、異分野の教示は、適切な出発点、客観的に定式化された技術課題、当業者にとって現実的に利用可能な知識、及び先行技術が請求項に係る変更を促したであろうことの立証から導かれなければならない。
両者の枠組みは異なるが、中心となる注意点はほぼ同じである。先行技術は技術分野の境界を越え得るが、それを越えさせる推論を、発明を知った後になって初めて再構成することは許されない。






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